Latest on twitter:

*82

"

鼻はどこまでが鼻かと問いかけて、もし外科医のメスが鼻を取り出そうとしたとき、どこまで切ったら終わるのだろうか。結局、嗅覚という機能を切り出すために、身体全体を取り出してくるしかないことに気づかされるという。

部分とは部分の幻想であるということである。人間の身体というのは、たった一個の受精卵から出発した細胞の連続的なバリエーションだけであって、ここで存在と呼ばれるものは、部品という物質そのものではなく、動的な平衡とその効果でしかないのだという。

"

世界は分けてもわからない (mark-wada blog) (via shanti) (via dannnao)

"ネットが我々の生活に与える影響は、個々の変化のかけ算であり、そして、その個々の変化の中に、あらゆることの単価が毎年少しづつ下がることが織り込まれている。
これが、ボーナス商戦のように、毎年確実に少しづつ起こるのがネットというものであり、21世紀的なイノベーションなのだと思う。
これを20世紀的な単発の不連続なイノベーションとして見ると大事なことを見失うし、過少評価してしまう。"

複利で効くイノベーションの中で生きるということ - アンカテ(via kn)

*88
*93
*33
*85

"エジプトは徴兵制で、将校は三年、兵卒は一年の義務があるそうです。彼女の弟さんが丁度今軍役の最中で、たまの休日に帰ってくると、元は少し太り気味だったのがすっかりスリムになり、真っ黒に日焼けし、軍隊生活の過酷さをこぼしている、と言います。日本の自衛隊だって大変でしょうが、エジプトの軍隊は食べるものもロクに与えられず、炎天下(日本の炎天下の比ではない)で延々立たされたり、怪我をしても医者にかかれなかったり、腐ったような水を使わなければならなかったり、刑務所なみのようです。
 ですが、個人的には、わたしは徴兵制を支持しています。
 軍隊なんか誰だって行きたくないですが、その最悪な軍隊がなぜ必要なのか、あるいは本当に必要なのか、全国民が直接対峙すべきだと考えているからです。貧乏人が他に職がなくて入る軍隊なんて、真の「防衛軍」ではありません。軍の仕事は、普通の仕事とは違います。世界中どこでも、人を殺すことが正しい行いのわけはないし、それをどうしてもしなければならないのだとしたら、そこには止むに止まれぬ義がなくてはいけません。貧しい人間が「職の一つとして」入るような軍隊であってはなりません。軍を維持するなら、断固徴兵制を採るべきだと信じています。
 話の流れの中で、ジョシュア・キーの『イラク―米軍脱走兵、真実の告発』(原著The Deserter’s Tale: The Story of an Ordinary Soldier Who Walked Away from the War in Iraq)に触れました。貧しい家に生まれ、家族を養うために軍隊に入り、米国の大義を信じてイラクに派兵されたものの、そこで目にした矛盾と不正義に耐え切れず、脱走兵となった人の本です。翻訳を読んで、わたしは泣きました。
 「イラクの人々が最大の犠牲者なのは言うまでもないが、アメリカの末端の兵士、貧しさから軍隊に入らざるを得なかった人々も、同じく犠牲者だ。金持ちが軍役を逃れ、軍隊がただの仕事に成り下がっているから、こういうことが起こる。軍隊が本当に必要で、やむをえない戦いだけしているなら、なぜこんな馬鹿げたことが起こるのか。軍を維持するなら、徴兵制を採るべきだ。エジプトの軍隊には改善の余地があるだろうが、徴兵制自体は正しい」。
 ジョシュア・キーの本の中には、彼が上官につっかかり、「テロリストを焙り出す家宅捜索と言いながら、来る日も来る日も何も出てこない。テロリストというのは、我々のことなんじゃないのか」「なぜこんなことをしなければならないんだ?」と言う場面がありますが、上官の答えは「お前が書類にサインしたからだ」というものでした。"

無差別同時多発お手伝い、豚インフルエンザ陰謀説、徴兵制 エジプト アラビア語語学留学ブログ (via yuco) (via dannnao)

*12
lomo:Tales from the hidden attic by Theflickerees

lomo:Tales from the hidden attic by Theflickerees

"正しく見るためには二度見よ。
美しく見るためには一度しか見るな。"

アミエル(哲学者) (via marytan)

dannnao:(via ache)

dannnao:(via ache)

*25
petapeta:Cynthia Rowley for Roxy

petapeta:Cynthia Rowley for Roxy

petapeta:takaakik:seepassyouagain:

以前、スペインで一年ばかりぶらぶらしていた知り合いから、サグラダファミリアはどうだったとか、プラドはどうだったとか、そういう話を聞いていた。なかでもいちばん衝撃を受けたのは、「ゲルニカ」だという。模写を見ると、ほかにもっと強烈な作品があるんじゃないかという気がするので、何がそんなに凄いのかと重ねて訊いた。彼はしばらく考えてから、大きいから凄い、と言った。大きいと全然違う、オリジナルと図版の違いだけじゃなくて、大きさが違うと見る人に与える感情が全然違うと思う、と言った。なんだか納得した。コンテンツにはそれぞれに適した大きさがあって、丁度良いサイズで見ないとそのものの持つ力をちゃんと受け取れない。そういうことはきっとあるんだと思う。